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東京高等裁判所 昭和49年(う)684号 判決 1974年6月18日

被告人 増田政美 外二名

主文

原判決を破棄する。

被告人増田政美及び同三留達夫を各懲役五年に、被告人三留力を懲役三年に処する。

原審における未決勾留日数中、被告人増田政美及び同三留力に対し各四〇日、被告人三留達夫に対し三〇日を、それぞれその刑に算入する。

司法警察員が押収し、関東信越地区麻薬取締官事務所長が保管する塩酸ジアセチルモルヒネの粉末合計六六七・〇六三グラム(保管番号昭和四八年第七三〇三四号、同第七三〇三五号の一ないし四、同第七三〇三六号、同第七三〇三九号)を被告人らから没収する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人増田政美につき弁護人橋本紀徳及び同川名照美が連名で、被告人三留達夫につき弁護人石原寛が、被告人三留力につき弁護人柏原敏行がそれぞれ作成した各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一  弁護人石原寛の控訴趣意書第一点の一、二、三について。

所論は、原判示第二の事実につき、原判決は被告人三留達夫を共同正犯と認めたが、同被告人は被告人増田の所持を幇助したにすぎないのであるから、刑法六〇条を適用した原判決には法令の適用に誤りがあるというのである。

しかし、被告人三留達夫は、相被告人ら二名とともに、本件麻薬を売却するためこれを携行して自動車で原判示羽田東急ホテルに赴き、被告人増田が右麻薬を携帯して被告人三留力とともに同ホテル内に入り、被告人三留達夫は、同ホテルの駐車場で相被告人らが取引を済ませて戻るのを待つていたというものであつて、このような場合、同ホテル内において麻薬を現実に携帯していたのが被告人増田であつたとしても、被告人三留力はもとより被告人三留達夫においても、右麻薬に対し右増田と共同して事実上の支配力を及ぼしていたというべきである。したがつて、原判示第二の麻薬所持の事実につき、被告人ら三名に対し共同正犯として刑法六〇条を適用した原判決には何ら法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

二  弁護人石原寛の控訴趣意第一点の四及び同柏原敏行の控訴趣意一について。

所論は、いずれも、原判示第二の麻薬の所持は、原判示第一の麻薬の輸入の時点における右輸入行為と不可分の関係にある所持と一体をなすものであるから、原判示第一と第二の所為は、一個の行為ということになり、刑法五四条一項前段により、一罪として処断すべきであるのに、これを併合罪として処断した原判決には法令の適用に誤りがあるというのである。

そこで考えてみるに、麻薬の密輸入者が密輸入した麻薬を所持する場合において、その所持が輸入行為に伴う必然的結果として一時的になされるに過ぎないと認められるときは、密輸入の罪に吸収されて所持の別罪を構成しないけれども、所持が輸入の必然的結果の関係を離れて社会通念上別個独立の行為として評価し得る場合には別罪を構成し、両者は併合罪の関係に立つと解すべきである。そこで本件についてこれをみるに、一件記録によれば原判決認定のとおり、被告人三留達夫及び同三留力によつて昭和四八年七月五日香港から空路本邦へ持ち込まれた本件麻薬は、一たん被告人三留力により自宅へ持ち帰られ、押入れなどに隠し置かれたが、同月中旬ころ、一部が被告人増田に渡され、同人はこれを自己の使用する自動車内に置いて持ち歩いたり、知人宅に預け置いたりなどして保管していたところ、同年八月二三日ころに至つて買い手が見付かつたため、同人と取引をしようとして、被告人三留力及び同増田は、各自が保管していた本件麻薬をそれぞれの隠匿場所から持ち出して航空バツクに詰め込んだうえ、被告人三留達夫とともにこれを携行して原判示羽田東急ホテルに赴き、被告人増田が右航空バツクを携行して被告人三留力とともに同ホテル一階ロビーに入り、同所で徘徊中のところを麻薬所持の現行犯人として検挙されるに至つたものである。以上の経過に徴すれば、原判示第二の羽田東急ホテル内における麻薬の所持は、日時、場所を異にし、原判示第一の麻薬の輸入に伴う必然的結果としての所持とは社会通念上別個独立の所持と評価されるべきものであることが明らかであるから、所持の別罪を構成し、両者は併合罪であると認めるのが相当である。この点において、原判決には法令の適用に誤りはないから、趣旨はいずれも理由がない。

三  弁護人橋本紀徳、同川名照美の控訴趣意、弁護人石原寛の控訴趣意第二点及び弁護人柏原敏行の控訴趣意二、三について。

各所論は、被告人らに対する原判決の量刑が不当に重いというのである。

そこで、原審記録を精査し、当審における事実取調の結果を併せて考察するに、本件は被告人らが営利の目的で大量の麻薬を密輸入し、これを所持していたというものであつて、その罪質・態様は悪質であり、麻薬が社会に与える弊害の重大性を考えると、被告人らの刑責は極めて重く原判決の刑の量定も一概に重過ぎるといえないかもしれない。しかしながら、被告人らが本件麻薬を密輸入した後、犯行が発覚するまで五〇日間これを処分することなく所持していたという事実は、被告人らにおいて麻薬を販売する組織と無縁であつたことを窺わせる一つの事情であり、これが細分されて流布されることなく未然に逮捕され押収されて実害の発生にまで立ち至らなかつた点は、被告人らにとつても幸いなことで、なんといつても量刑上無視することのできない軽い情状であると考えられる。その他被告人らの経歴、とくに被告人増田には前科前歴がなく、被告人三留達夫及び同三留力も最近における非行がないこと、被告人三名とも生業に就いていること、現在は深く反省していてもはや再犯のおそれはないと認められること、さらに被告人三留力については本件犯行に加わるに至つた経緯など、本件に表れた被告人らに有利な諸事情を考量すると、被告人らに対する原判決の量刑は重きに過ぎるのでこれを是正するのが相当であると判断される。論旨はいずれも理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所においてさらに次のとおり判決する。

原判決の確定した事実に原判決の示す各法条を適用し、その刑期の範囲内で、前記諸般の情状を考慮して、被告人増田政美及び同三留達夫を各懲役五年に、被告人三留力を懲役三年に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中被告人増田政美及び同三留力に対し各四〇日、被告人三留達夫に対し三〇日をそれぞれその刑に算入し、被告人らが所有かつ所持し司法警察員がこれを押収し、関東信越地区麻薬取締官事務所長が保管する塩酸ジアセチルモルヒネの粉末合計六六七・〇六三グラム(保管番号昭和四八年第七三〇三四号、同第七三〇三五号の一ないし四、同第七三〇三六号、同第七三〇三九号)は麻薬取締法六八条本文によりこれを被告人らから没収することとして、主文のとおり判決をする。

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